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更新400回御礼記念第二弾ッッ・まーちゃんの絵を展示させてもらいました

更新400回御礼記念第二弾はけせらせらのまーちゃんの絵を紹介させてもらいます。


 今回の個展では以前まーちゃんから頂いた絵も展示させてもらいました。高知県きっての天才絵師まーちゃんの貴重な手描きイラストが見れる貴重な機会ですよー。皆さんも是非まーちゃんの貴重な手描きイラストを見に来てねー\(^o^)/

まーちゃんの『ひまわり』かーわいいー(*´ω`*)


『金魚と戯れるちっちゃな人魚』かーわいいー(*´ω`*)

※絵のタイトルは便宜上のものです。

展示会場の様子


 事後承諾になってしまいましたが、今回の個展でまーちゃんの絵も展示できて本当によかったです。
 いつかはまーちゃんにも自分の絵を見てもらいたいな。だからずっとずっと元気でいてね、まーちゃん(^-^)

本田千昭個展「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」
2017年2月6日(月)~2月18日(土)
15:00~20:00(最終日~18:00) 13日(月)14日(火)休廊
レセプションパーティ2月11日(土)午後5時~

 ブログ主は初日と土日に顔出しする予定ですが、それ以外の日にちに関しては※欄で直接お問い合わせください。

※明日は更新お休みします。次回の更新は13日(月)の深夜0時過ぎになります。








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更新400回御礼記念ッッ・明日はレセプションパーティを開催します

 いつも当ブログにお越し頂いてる皆さん、いつも本当にありがとうございます。皆さんのご愛顧を給わり当ブログもとうとう更新400回を迎えました\(^o^)/
 皆さんへの日頃の感謝も込めて明日は午後5時から個展のレセプションパーティーを開催します。ブログ主も当日はお菓子を持っていきますので、タダ食いタダ酒が飲みたい方はぜひいらしてください。差し入れも大歓迎です\(^o^)/

 レセプションパーティに出す予定のお菓子。

青森名物やっこいサブレ。おいしいぉ


気になるリンゴ。焼きリンゴが丸ごと入ったアップルパイです。とってもおいしいぉ(^q^)


横浜名物ゴマ団子。おいしいぉ(^q^)


会場内の様子






ポストカードの販売もしています。


 今回の個展のレセプションパーティは図らずも東日本大震災のちょうど一月前、月命日の開催となりました。7年前は東北がよもやあのような大惨事に見舞われるとは誰も想像してませんでしたね。
 パーティではタダ酒も飲めるので、タダ酒も飲みたいという方は是非来てください。当日はブログ主の手作りのお菓子も持ってく予定です。
 当日来ていただいた方には、ブログ主の全然ありがたくない作品の自己解説もおまけについてきます。

本田千昭個展「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」
2017年2月6日(月)~2月18日(土)
15:00~20:00(最終日~18:00) 13日(月)14日(火)休廊
レセプションパーティ2月11日(土)午後5時~

アートラボ・トーキョー
〒111-0053
東京都台東区浅草橋4-5-2 第2片桐1F
Tel 03-5829-2985 mobile 090-3903-1989
http:// atr-lab.jp

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性紀の淫廃れーしょん

 今回紹介させていただく作品はインスタレーションになりますが、性的な内容が含まれるので、本文は追記にしました。
閲覧は自己責任でお願いします。


叶咲貴子の屈辱4~私ハ三千円ノ女デス


 性的に過激な内容が含まれるので全図は追記にしました。閲覧は自己責任でお願いします。

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自己解説・明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前(後編)

総評

 この絵で描きたかったものはズバリ「断絶と対立」である。
 上下の絵の間にはどうしようもない断絶がある。2枚の絵を合わせても決して1枚の絵にはならない。
 天上と地上には断絶がある。女神と人間の間にはどうしようもない断絶がある。無力な地上の女は女神なんてなれないまま生きるしかないのである。
 被災地と非被災地の間にはどうしようもない断絶がある。復興の途半ばの被災地に対して、関東地方の人々からは徐々に震災の記憶が薄れていっている。
 日本の災厄を象徴する、妖怪の如く異様な女神たちと無垢な天使は相対的な存在だが、女神と人間は対立的な存在である。

 無垢と邪悪。正義と悪。武力と無力。国粋主義と平和主義。死者と生者。さまようものと座礁したもの。翼を持つ者と持たざる者。巨大な者と矮小な者。具象と抽象。希望と絶望。記憶と忘却。固執と無関心。止まった時間と過ぎ去った時間。
 総てに於いて対立するものを、稚拙ではあるがキャンバスに叩き込んだつもりである。

 キレイで繊細な絵よりも、稚拙だが荒削りな方が生々しく訴えかけるものがあると自負している。
「今日の芸術は上手くあってはならない。キレイであってはならない。心地よくあってはならない」
 岡本太郎のいってた言葉だが、この絵を描くに当たって、岡本太郎のこの言葉を胸に、キレイに描こう上手く描こうということは考えは捨て、ひたすら思ったままに描いた。

 まさかゴジラ生誕の地である福島県が被爆地になるとは思わなかったが、この絵には『明日の神話』の作者の岡本太郎、自分にとっては神さま同然の石ノ森章太郎と円谷英二へ、稚拙ながらも精一杯のリスペクトを込めて描いたつもりである。
 なお被災者の心情を鑑みて、あえて今回は生々しい死は描かないようにした。
 偽善という人もいるかもしれないし、偽善かもしれないが、この辺はジョジョリオンの執筆にあたり、作者の荒木飛呂彦がいってた「極力、被災者をキズつけるような表現はしない」という配慮に、自分も準拠したつもりである。
 石ノ森章太郎も宮城県出身だが、存命だったら同じことをいっていたのではないかと思う。

『明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前』を描き終えて

 画業30年の集大成でもある『明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前』を描き終えた感想は感無量に尽きる。虚脱感がハンパない。抜け殻のようである。燃え尽きたよ・・・真っ白に・・・。

 今回学んだことは、他人に強制されていやいややったことが、他人から評価されることもあるということである。逆に自分が好き好んでやったことが、他人から評価されないこともある。
 自分の場合はいやいや描いた50号二連作の絵が、予想外に他人から評価されたので、いやいややったことでも自分の評価が上がることもあるんだなと思った。
 他人から強制されていやいややったことが評価されて、自分の成長につながる場合もあれば、自分のしたいことしかやらないでいると成長しないこともある。要は程度の問題だと思うのだ。

 最大の問題は完成させるのに、何故足かけ3年もかかったかということである。
 足かけ3年とはいっても実質的には丸2年だが、それにしても50号の絵1枚に1年はあまりにも遅すぎる。自分の周りの絵描きが百号を1ヶ月で仕上げるのに比べるとかなりの遅筆である。他のイラストと並行してやったとしても遅すぎる。
 何故こんなに時間がかかってしまったのか考えたが、そういえば4年前の年末と年度末に重い風邪を2回も引いて寝込んでいたのだった。身体レベルでもう描きたくないと悲鳴を上げていたわけである。
 魂がこもっているという評価も頂いたが、魂を込めて描いたというより、絵に魂を吸いとられそうになった。
 絵のサイズを考えると、アンドレ・ザ・ジャイアントと丸2年格闘してたようなものである。

 散々愚痴ってきたことだが、そもそもいやいや描き始めたものなので、何度2階の窓からキャンバスを投げ捨てたい衝動に駆られたかわからない。描き上げた後もなかなかギャラリーの方で引き取りに来ないので一時期は完全にいらない子状態で、このまま引き取りに来ないのなら邪魔だし焚きつけにしたろかと思った。
 『いちえふ』という原発作業者のマンガも出てるし、震災から6年も経ってるし、無名の絵描きが今更震災と原発事故の絵を描いても見る奴いるんかいなと何度思ったことだろうか。
 絵を描くに当たって題材が陳腐化するのは致命的だが、この絵に関してはその限りではない。むしろ陳腐化してくれることを願い描いてきたが、その願いはものの見事に打ち砕かれた。

 福島第一原発事故は6年経った今もなお終息していない。

 関東地方の人たちも、改めてこの事実は念頭に置いておくべきである。東日本大震災から4年を過ぎた今もなお、福島第一原発事故の脅威は去っていないのだ。

 福島第一原発事故を期に西日本や海外に逃げた人々もいるが、自分は逃げない。
 気仙沼で被災して家を流された地元の漁師が「これからもここに住みつづける」といった言葉に胸を打たれた自分は、これからもこの人たちと共に生きていきたいと思った。
 宮城県出身の石ノ森章太郎が遺した、ヒーローの精神に悖ることだけはしたくないと思ったからだ。
 石ノ森ヒーローのスピリットは自分の創作の原動力そのものである。自分の描くキャラクターも少なからず石ノ森ヒーローの精神で描いている。石ノ森ヒーローは今もなお人々の心に生きつづけ、今もなお多くの人々を救っている。自分も救われた。

 この絵は福島第一原発と共にあるといっても過言ではない。
 福島第一原発事故が終息したら、この絵も焚きつけにして福島第一原発とともにこの世から消し去りたいと思う。

付記
福島第一原発事故のあった20キロ圏内の立ち入り禁止区域画像のリンク先を添付しました。ショッキングな画像もありますので、閲覧は事故責任でお願いします。
http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/52166029.html
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福島第一原発最新情報

「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」
2017年2月6日(月)~2月18日(土)
15:00~20:00(最終日~18:00) 13日(月)14日(火)休廊
レセプションパーティ2月11日(土)午後5時~

 ブログ主は初日と土曜日に顔出しする予定ですが、それ以外の日にちに関しては※欄で直接お問い合わせください。








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自己解説・明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前(前編)

上段(明日への神話)

 妖怪の如く異様な出で立ちの女神たちは、日本に降りかかった災厄そのものを顕している。
 罪人の魂を閉じ込めた赤い真珠のネックレスをつけた黒髪に赤い眼の死神クロトは死を、病的な巨乳でオッドアイの疫病神オルガは福島第一原発事故で拡散した放射能を、金髪金眼の破壊神グローズヌイは地震を、海神スキューラは津波を象徴している。おとなしそうな顔して、こいつが一番人殺してるかも。
 旭日旗は日本そのもので、青い蝶は死者の魂。女神と人間の間にいる天使は小さな希望である。
 日本の災厄を象徴する女神たちが大きな絶望なら、天使は小さな希望である。大きな絶望に対して、希望はあまりにも小さい。
 それでも小さな希望があれば、大きな絶望にも打ち勝てる筈だと信じている。どんなに小さな希望でも、人間は希望が無ければ生きていけない。大きな絶望が闇なら、小さな希望は一条の光である。


下段(人は謳い人は哭く、大旗の前)

 死神の使いである中央の武装した男は、正義を象徴しているが、常に闘っているため血だらけキズだらけである。
 「正義を行う者は自らもキズつく覚悟をしなくてはならない」という、アンパンマンの生みの親である、故やなせたかしの信条をそのまま踏襲している。
 己の存在を希薄化するように、シルエットに溶け込み背後に潜む(?)破壊神の使徒である長身の黒ずくめの男は、人間の悪意そのものである。だから人影のようにどこにでも現れるのである。
 正義も悪も血まみれの表裏一体の存在である。悪を真っ黒な存在として描いているのに対して、正義はグレーな存在として描いている。
 悪に対して正義はあまりも不確かであやふやな存在であるという自分の信条である。このキャラクターの名前も新城である。
 武装した男たちに対して裸で無防備な女は、無知で無力で無防備な日本人そのものである。
 ガレキの十字架の前に座り込む彼女は、あまりにも無力な存在である。そんな彼女の手もまた血にまみれている。
 彼女の後ろに見える打ち捨てられた赤旗は日本の共産主義者の末路である。
 彼らの後ろに横たわるものは、日本の左翼が標榜する見せかけの平和の象徴成れの果てである。
 打ち捨てられた赤旗も平和の象徴も、無力な彼女を守ることもなければ、救うこともない。机上の思想信条では誰も守れないし、誰も救えない。
 シルエットの船は岡本太郎の『明日の神話』に描かれた第五福竜丸へのオマージュだが、実際に津波で陸に打ち上げられた船を描いたものである。この船もまた、日本の現状そのものといえる。
 船の後ろに見えるのは『明日の神話』に落書きされた爆発した福島第一原発である。
 青い蝶は死者の魂である。名も無き死者の魂である。この作品には無数の青い蝶が描かれているが、実際にはこの蝶より多くの人々が震災で命を落としている。
  破壊神の使徒である黒ずくめの男が指し示すものは、歪んだ時計である。時計は震災の発生した時間で止まっている。


 打ち上げられた船の帆先に止まるカラスは小さな希望である。帆先に止まっているカラスは、被災地の石巻で発行された報道写真集に収録されていた、実際に陸に打ち上げられた船の帆先に止まっていた鳥をモデルに描いたものである。
 荒廃した大地に最初に戻ってくるのは鳥という話も聞く。天界と地上を結ぶ使者といわれる鳥は復活の象徴でもある。鳥は植物の種を運んでくるからである。
 ひとつひとつの希望は小さくとも、小さな希望を集めていけば、やがては大きな希望になると信じている。


付記
福島第一原発事故のあった20キロ圏内の立ち入り禁止区域画像のリンク先を添付しました。ショッキングな画像もありますので、閲覧は事故責任でお願いします。
http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/52166029.html
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福島第一原発最新情報

「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」
2017年2月6日(月)~2月18日(土)
15:00~20:00(最終日~18:00) 13日(月)14日(火)休廊
レセプションパーティ2月11日(土)午後5時~

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個展「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」本日から開催です。

 ギャラリー側がなかなか引き取りに来なかったので、一時は完全にいらない子状態で、このまま引き取りに来ないようなら焚き付けにしたろかと思ってた絵ですが、こうしてお披露目できる日が来ると感慨深いものがありますね。いたずら心を起こしてゴジラを描いた時点では翌年ゴジラが日本で復活するとは夢にも思ってませんでした。
 青い蝶は死者の魂ですが、あまりにも遅筆なものだから、この蝶を描いてる間に、桜塚やっくんとやなせたかしと松谷みよ子と中川安奈と今川雅之と泉政行と川島なお美が、青い蝶の仲間入りをしてしまいました(´;ω;`) 
 この絵を完成させてから個展開催の間にも、水木しげると野坂昭如とオヒョイこと藤村俊二もモハメド・アリも青い蝶の仲間入りをしてしまいました(´;ω;`)
 最近はギャラリーも閑古鳥が鳴いていて自分の個展で絵が売れなかったらギャラリーも閉鎖しようかとかいってるので、本当にこれが最初で最後の個展になるかもしれません。
 お互い売れない絵を描くのも絵が売れないギャラリーの経営もバカバカしくなったと初めて意見が一致したので、そろそろ潮時かもしれませんね。お互い歳を取ったということでしょう。

 『あしたのジョー2』の冒頭のような幕開けになってしまいましたが、明日は上記の表題作の自己解説をしていきます。次回に乞うご期待ッッ

明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前(2015)



本田千昭個展「明日への神話~人は謳い人は哭く、大旗の前」
2017年2月6日(月)~2月18日(土)
15:00~20:00(最終日~18:00) 13日(月)14日(火)休廊
レセプションパーティ2月11日(土)午後5時~

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狼は生きろ。ブタは死ね?(後編)

自分の我慢を他人に押しつける日本人


 日本人には我慢は美徳とされてるが、もらう権利があるものを、辞退して当然という日本人の美徳はおかしいと思う。
 美徳も本人がやれば慎ましいが、他人に押しつけてしまえばタダの押しつけでしかない。日本の他人に美徳や我慢や頑張りの押しつける風潮はどうにかならないものかと思う。

 美徳だの何だのいってるが、要するにタダの同調圧力である。

 以前2ちゃんのスレで日本は同調圧力が強いのがイヤだといったようなスレを見たが、「そんなことはない。海外の方がもっと酷い」みたいなことをいいながらねらーが寄ってたかってスレ主を叩いてるのを見てると、やっぱり日本は同調圧力が強い国じゃねーかといわざるを得ない。
 皆で寄ってたかってひとりの意見を封殺しようとしてるのが、そのことの証左に他ならないだろう。
 もうひとつ敢えて実例を出すと、当事者じゃない第三者が熊本県民は我慢してるんだから、福島県民も我慢しろというのは、もほや美徳でも何でもない第三者の傲慢以外の何者でもない。被災者でも何でもないお前らが安全圏で何いってるんだといいたくなる。
 去年は福島くんだりまでゴジラ見に行ったが、福島では今も仮説住宅暮らしを余儀なくされてる人々もいると聞く。都内では被災地の報道もめっきり聞かなくなったが、福島では今でも仮説住宅暮らしをしている人がいる。福島第一原発事故の処理作業も未だに続いている。
 一観光客の自分には何もできなかったので、帰りにおみやげを買って帰った。

 自分の我慢を他人に押しつけるのほどはた迷惑なものは無いと思うが、そんなに我慢したけりゃ勝手に我慢してろ、他人に押しつけるなといいたくなる。
 日本人の自分の我慢を他人に押しつけるのは、傲岸不遜以外の何者でもないと思う。
 日本人の皆で不幸になろう精神が日本を敗戦に導いたといっても過言ではないと思うが、日本人は敗戦から何も学ばなかったのだろうか。命を捨てて守った日本の民が醜いブタに成り下がったのでは英霊も浮かばれまい。

 自分の周りにも常に弱者は死ねとか発達障害はキチガイとかいってた奴がいたが、本人は後年躁鬱病になって働けなくなってしまい、おまけに自分も発達障害だということまで判明してしまった。
 自分が常日頃から死ねといってたキチガイの弱者に、自分がなってしまったというわけである。
 
 常日頃からいってた言葉が自分に返ってきたわけである。

 これほど見事な因果応報があるだろうか。








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狼は生きろ。ブタは死ね?(中編)

 前回の記事は批判も覚悟で書きましたが、概ね好評でコンセンサスを得られたようなので自分も心強いです。小田原市役所職員に賛同する意見ばかりだったらどうしようかと思ったけど、日本人もまだ捨てたもんじゃないな。うん。


 日本人の社会の落伍者は死ねといったような、弱者切り捨てには常日頃から憤りを感じている。何故なら自分がその切り捨てられる側の弱者だからである。
 日本には強者目線の弱者があまりにも多いのが気になるが、日本人の大半は自分が喰われる側のブタに過ぎないというのがわかってないのだろうか。
 最近では生活保護より安い月給で働いてる人間が生活保護下げろとか文句いってるようだが、生活保護の基準下げようとするよりお前の給料上げる努力をしろよ。それもできないなら目を閉じて耳を塞いで口をつぐんでおしんぼのように生きろといいたい。
 それに生活保護より安い月給で働いてる労働者も実は働いてる状態で生活保護を受けられるのである。生活保護を受ければ生活保護より少ない分の差額の給付金がもらえるのである。生活保護の基準下げろと文句いう暇があったら福祉事務所に行って生活保護より少ない分の差額をもらえばいいのである。
 生活保護もらうなんて恥知らずなことできるかとのたまう輩も当然いるかと思うが、生活保護叩いてる時点で既に恥知らずなことしてるのだから、臆せず申請してみたらどうだろう。
 ここで問題なのは生活保護より安い月給で働かせてるブラック企業だと思うのだが、生活保護に文句いってる連中はそんな簡単なこともわからないのだろうか。奴隷根性極まれりである。生活保護の基準が下がっても自分の生活基準が上がるわけじゃないのわからないのかこいつらは。
 そんな簡単なこともわからないバカだから、いつまで経っても低辺から抜けられないんだろが。
 
 少佐の台詞にツッコミ入れちゃうと、耳って塞ぐものだよねー(´・ω・`)

 日本人の自分を上げる努力をしないで他人を下げる努力ばかりする浅ましさには心底反吐が出る。自分を上げる努力をしないで女を下げる努力ばかりしてる、2ちゃんで女叩きばかりしてる無職の中年童貞のキモオタのようである。
 そう考えると日本人は、2ちゃんで女叩きするしか能が無い無職の中年童貞のキモオタと同レベルにまで民度が下がってしまったのかと思わざるを得ない。
 今の自分は日本人が全員、2ちゃんで女叩きばかりしてる無職で中年童貞のクソデブのキモオタにしか見えない絶望を感じている。

 お前らいつも肉屋に尻尾振ってるけど、どんなに肉屋に尻尾振っても、お前らは喰われる側のブタでしかないんだよッッ
 いっぺん鏡でてめえの醜いブタ面見てから出直してこいやッッ(*`Д´)ノ!!!

 どんなに頑張っても喰われる側のブタにしかなれないのなら、自分はせめて猪豚になったるわッッ(*`Д´)ノ!!!








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狼は生きろ。ブタは死ね?(前編)



 最近何かと叩かれる生活保護だが、日本は実は先進国のなかでも生活保護の捕捉率が低い国である。本来なら生活保護を受ける資格がある筈の人間がセーフティネットからこぼれ落ちているのは大問題である。

 最近、小田原市の職員が生活保護受給者を恫喝するようなジャンパーを着用して、受給者を恫喝するような言動を取っていたのが問題になってるが、本当に問題なのは市役所ぐるみでそれを黙認してたことと、電話の半分がよくやったみたいな激励だったことだろう。ツイッターでもよくやったみたいな意見も見るが、公務でこんなふざけたことやっちゃいかんだろう。こんなDQN職員に同調してる神奈川県民は公務と私事の区別もつかないバカなんだろうか。やはり暴走族の本拠地というだけのことはあるよな。
 正直神奈川県の恥だと思うんだけど、こんなDQN職員を支持してる神奈川県民は自分が神奈川県民であることを恥ずかしいと思わないんだろうか。正直こんなDQNを支持してるようじゃ神奈川県民がDQNと思われても文句いえないだろう。自分が神奈川県民だったら、神奈川県民であることが恥ずかしくて表出れないよなー。


 そして最大の問題はこのクソみたいなジャンパーは市民の税金で作られてることだろう。生活保護責めるより、こんなクソみたいなジャンパーを市民の税金で作って血税の無駄遣いをしてることに、神奈川県民が言及してないのが信じられないッッ生活保護より明らかにクソッタレなジャンパーで、市民の血税を無駄遣いしてる方が大問題だろがッッ(*`Д´)ノ!!!
 日本人の民度も地に堕ちたものである。

 前から神奈川県は無駄にゴミの分別がクソ面倒だと思っていたけど、役人までクソだとは思わなかったよな。こんなクソッタレなジャンパーで市民の血税を無駄遣いしてきた小田原市役所職員にこそ、この言葉をそっくりそのままお返ししてやんよ。
 あえていおうッッカスであるとッッ

 そういえば、今日は節分だったっけな・・・( ̄▽ ̄)ノ 
※追記にて拍手コメントへの返信をしています。拍手コメントへの返信をご覧になりたい方は追記をご覧になってください。

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今月の抱負・最後にひと花咲かせる



 今月の抱負は最後にひと花咲かせるである。

 今月から個展を開催するが、個展ではやはり一枚でも絵が売れてほしいと思う。これで最初で最後の個展になるかもしれないが、たった一度きりの人生で生涯一度きりの個展なら、死んで花見を咲かせたストレイキャットのように、最後にひと花咲かせたいと思う。

 島根県益田市で先月末に、30年前に娘を轢き逃げで亡くした男性が、飲酒運転のトラックに跳ねられて死亡した事件があったが、男性は近くにいた男児をかばってトラックにはねられたという。
 もしかしたら男性は、自分が守れなかった娘の代わりに男児を助けるためにこれまで生かされたきたのだろうか。
 男性は男児を助けた時点でこの世での役目を終えて娘の元へ旅立ったのだろうか。奇しくも男性がトラックにはねられた現場は30年前に娘が轢き逃げされた現場の近くだったという。

 娘を亡くした男性は男児を助けたことで最期にひと花咲かせたのだろうか―

 先日お亡くなりになった蛍光灯の点灯管。なお持ち主が燃え尽きると同時に点灯管も燃え尽きたもよう。


燃え尽きたよ・・・真っ白な灰のように・・・。


※明日は更新お休みします。次回の更新は3日(金)になります。更新時間は未定です。








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ASDponch

Author:ASDponch
地上最強の芸術の場外乱闘者を目指し日々孤軍奮闘する自閉症スペクトラム障害(ASD)ponchの自堕落な日常と、社会からはみ出したアウトサイダーの駄話を書いています。
最近はすみっこぐらしにもハマってます。すみっこ仲間絶賛募集中ッッ\(^o^)/

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