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誰を助けるか

誰を助けるか

 ひとりしか助けられないなら、ひとりだけ助けても仕方ないという話を聞くが、自分はそうは思わない。

 自分がひとりしか助けられない立場にいたら、迷わずそのひとりを助ける。

 逆にひとりを犠牲にすれば皆が助かるという事態には、ひとりを犠牲にするのを躊躇してしまう。
 自分がひとりを犠牲にすれば皆が助かるという事態に遭遇したら、全員を犠牲にしてもそのひとりを助けようとしてしまうかも知れない。

 何故「ひとりを犠牲にすれば」というのにそこまで嫌悪感があるかというと、自分がいつも皆のために犠牲にされる側の人間だからである。

 皆のためにお前が犠牲になれというのに自分はこの上ない嫌悪感がある。

 福祉は全員が受けられるものではなく、必ず誰かが福祉の網からこぼれ落ちてしまうものだということは自分も知っている。
 だからといって全員救えないなら福祉なんていらねーだろなんてこといってたら、福祉そのものが成り立たなくなってしまうだろう。
 自分の喰えないものには灰を入れて喰えなくしてやるなんてのはゲスの最たるものである。
 とかく最近の日本では自分の喰えないものには灰を入れてやるという浅ましい風潮がまかり通ってるように思える。
 障害者への福祉や配慮をずるいと抜かす健常者などその最たるものだと思うが、そんなに手厚い福祉が受けたいなら手足の一本や二本でも切り落として障害者になってから出直せといいたい。

 健常者は生活保護を受けられないと嘆く者もいるが、自分の知ってる限りでは健常者でも生活保護を受けていたアル中のおっさんはいたので、健常者が生活保護を受けられないということはないと思う。
 
 ちなみにそのアル中のおっさん、暴力振るって家族に逃げられて、還暦前に死ぬまで150万ほど借金抱えてたみたいだけどな。



 福祉を水に例えると、現在の日本の福祉制度は給水所だと思うが、自分の足で歩いて給水所に辿り着ける者でなければ福祉は受けられない。
 自分の足で歩いて給水所まで行けない者、給水所のある場所がわからない者は福祉という名の水にありつけない。
 さらに現行の福祉制度では水をもらうのに医師の診断書という証明書が必要だが、発達障害者の場合は自分が発達障害者だというお墨付きをもらうのに、診断とか検査で総額5千円ほどかかる。
 ガチの貧困家庭ではその5千円も捻出できない家庭もあるし、5千円という経費の上に半年診断待ちで尻込みしてしまう者もいる。

 図らずも発達障害の診断にかかる時間と手間と経費が福祉という水をもらえる者をふるい分けてしまってるように思える。

 だからといって福祉制度そのものを無くせというのは断固反対だ。現行の福祉制度が不完全なものでも、社会のセーフティーネットは必要だ。
 理想的な福祉制度は、水を必要としている家の前まで給水車が来てくれるような制度だと思うが、現時点では給水車のようにフレキシブルな福祉制度がある国を見たことがない。

 家の前まで給水車が来てくれない以上は、自分の足で歩いて給水所まで行かなければならないのだ。

 付記


 今回、サムネに使ったイラストは以前描いた絵の切り貼りですが、初出より一割ほど目を小さくしてます。やはり目を小さくすると若干大人っぽくなりますね。
 プリキュアとか描くときは目を大きく描いてますが、自分の本来の絵柄は攻殻機動隊SACの絵柄に近いみたいですね。
 ものすごい遅筆なので、いじれるように顔はパーツごとにフォルダ分けしてるけど、こんなことやってるのは自分だけだろうなぁ。
 描いた絵を切り貼りして使い回しばかりしてるので、自分より20年下の平成生まれの作業所の職員からは「ポンさんのブログは見出しがあって見やすい」といわれちまいましたよ(T▽T)
 普通のイラストブログでは絵が主なのに、自分のブログは絵が文章の見出しになっちゃってるので、主従関係が逆転しちゃってるんですよねー(T▽T)
 絵描きなのにピクシブのフォロワーがツイッターのフォロワーよりふたけたも少ない絵描きは自分くらいでしょう。
 主従関係といえば新城は死神クロトの使徒なので主従関係だけど、ツーショットは珍しいですね。
 並べてみるとふたりとも同じくらいの背丈だけど、やはり男の新城の方がゴツいというか体格差はありますね。
 最近の若者は薄っぺらい体型の子が多いけど、自分より薄っぺらい体型の若者を見てると不安になってきます。
 やはり自分より太った男の方が自分のデブが目立たないので安心感がありますが、自分と比較的親しい人も自分と体型が似てる人が多いように思います。
 やっぱ自分が太るとキャラも太りますよねー(T▽T)
 福祉の観点からいえば、クロトが切り捨てる者で新城が救済者になるのかな。
 福祉を死神に例えるとは何事だといわれそうだけど、切り捨てられる立場の人間からしてみると、切り捨てる側は死神にしか見えないですよ。
 救済者といっても多数の救いを求める者からたったひとりしか救済できてないようだけど、自分の目から見た日本の福祉はこんな感じですね。

 それでは今日もおやすみっこ(つ=^ω^=)つニャン

三毛猫バンバン(300)

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北風と太陽

荒野のクロト

 イソップ寓話に北風と太陽の話があるが、あれは他人とのコミュニケーションそのものに思える。
 思えば自分のコミュニケーションは常に北風だったように思える。ブリザード吹き荒ぶ凍土の荒野で不毛な狩りを続けるような孤独に常に身を置いていた自分には、太陽のような暖かいコミュニケーションなど知る術がなかった。
 持って生まれた障害で男からは殴る蹴るのいじめを受けて、女からはキモいといわれ、どこへ行っても疎んじられて自分だけ疎外されていた。自分を親友だといってた友達にまで遠巻きにされていたことで、自分は「親友」という言葉が大嫌いになった。
 発達障害で嫌われ者の自分は、太陽のような暖かいコミュニケーションを知らぬまま、他人と接するときも自ずと北風のように接していたように思える。自分の心を敢えて冷たい氷で閉ざすことで心の痛みを麻痺させていたように思う。

 冷たい氷で心を閉ざし心の痛みを麻痺させることでしか、自分は自分の心を守ることができなかった。

 他人との適正距離がわからずうっかり他人に近づきすぎてしまい、一度は親しくなった人からも遠ざけられるということを繰り返している内に、暑苦しい人と思われるのがイヤで、自分も自ずと他人に対して北風のように接するようになっていた。
 暑苦しい人と思われるくらいなら、冷たい怖い人と思われる方がいいと思うようになっていた。少なくとも怖い人と思われてる内は相手からナメられずに済む。怖い人と思われれば他人から殴る蹴るの理不尽な暴力も受けずに済む。

 そんな自分にも太陽のように暖かに接してくれた人がいた。
 ブリザード吹きすさぶ極北の凍土の荒野で孤独に常に身を置いていた自分にとって、それは一条の光に見えた。

 ブリザード吹きすさぶ極北の凍土の荒野で、不毛な狩りを続けるような孤独に甘んじて太陽の暖かさを忘れていた自分は、太陽の暖かさを知ったことで極北の凍土の荒野に慰安を見出したが、慰安と同時に常に太陽の暖かさを失う不安を得た。



 ツイッター始めて一年でフォロワー千人超えたけど、TLで見るに堪えないツイートを目にする度にブロックミュートを延々と続けていると、ブリザード吹き荒ぶ凍土の荒野で不毛な狩りを続ける不毛な所業に感じる。
 自分の居場所はツイッターだけじゃないし、いっそのことアカウントを消してバックレようかと思っている。

 自分の居場所がツイッターしかなくなったら、人生終わりだにゃ(=・ω・=)カワイソス

 それでは今日もおやすみっこ(つ=^ω^=)つニャン

三毛猫バンバン(300)

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私はカモメ

私はカモメ

 まだ自分が子供だった頃、まだ発達障害の概念が知られていなかった頃は、当然のことながら自分は健常者として扱われていた。
 自分でも何の疑いもなく健常者として生きてきたが、健常者として生きていた頃の自分は翔べないカモメだと思っていた。
 自分をカモメだと思っていたペンギンが、どんなに頑張っても空を翔べない短い翼にずんぐりむっくりな不格好な身体に常に引け目を感じているようなものである。
 東京都の都鳥はユリカモメだが、定型発達者を可愛いユリカモメだとすると、ずんぐりむっくりなペンギンの自分は明らかに不格好な外見で、ユリカモメからは完全にダメなカモメと見られて、ことあるごとにバカにされてきた。
 ユリカモメはその可愛い外見に似合わず海のカラスとか白いカラスとかいわれてるが、常に集団で行動して他の鳥からも餌を横取りする狡猾なユリカモメは、まさに自分の目に映る定型発達者そのものだった。
 よちよち歩きのパッフィンを集団で攻撃して餌を横取りするユリカモメは、集団でエヴァ弐号機を貪る量産型エヴァ機とオーバーラップしていた。

 ユリカモメに限らず、人間も多数派になると暴力的になり、暴力に無自覚になるように思える。
 ネットやツイッターの女叩きとか見ていると、暴力に無自覚な人間はどこまでも暴力的になるし、暴力に無自覚な人間ほど残酷なものはないと思う。
「日本の男は海外よりも紳士的」とかいってるけど、性犯罪被害者を集団で罵る男のどこが紳士的だよといいたくなる。
 拳を振るうのが暴力なら、集団でよってたかって性犯罪被害者を罵るのも立派な暴力だろ。
 ついでにいうと日本にも女を拳でぶん殴る男なんて山ほどいるし、自分も中学生のときにクソガキから集団で殴る蹴るのいじめに遭っている。
 自分に殴る蹴るの暴力を振るってたいじめっ子はその後高校受験に失敗したり、障害事件を起こして高校を無期停学になったと聞くが、自分をいじめなかった原田泰造は芸能人になってるので、やっぱいじめっこは底辺のクソだと思う。

 男社会で女に向けられる多数派の男の暴力も、定型社会で発達障害者に向けられる多数派の定型発達者の暴力も、自分にとってはまったく同質のものである。

 日本は戦前から全体主義というか同調圧力が強いと思う。
 しかも大半の日本人はそれに無自覚で、少しでも異論を唱える者は文字どおり同調圧力でよってたかって口を塞ごうとするという光景は何度も目の当たりにしてきた。

 保守とリベラルの議論を目の当たりに常日頃感じることは、思想は右に偏っても左に偏っても害悪になると思う。
 思想は右に偏っても左に偏っても同調圧力が強くなるように思うが、自分にしてみれば右の同調圧力も左の同調圧力も暴力でしかない。

 無自覚な暴力ほど怖いものはないと思うが、無自覚な同調圧力も暴力だと思う。

 おまけ




 先週から今週にかけてブログをまる一週間休んでましたが、ブログをお休みしてた間も訪問と拍手ありがとうございます(^∇^)ノ
 先週から今週にかけてブログをまる一週間休んでましたが、プライベートではにゃんこ大戦争のゲームばっかやってて、相変わらず絵は描けてないですねー。
 こんなんだから、絵描きアカウントにフォロー外されたり、ブロックされちゃうんだろうなー。
 しかも自分をブロックした元ブログ仲間がいつの間にか自分とも親しいブログ仲間とちゃっかりなかよくなってると死ねといいたくなるわ。

 元々はブログではいいづらい愚痴ぼやきをつぶやくためにツイッターのアカウント作ったようなものだけど、最近はツイッターでも愚痴ぼやきがいいづらくなってしまっているので、にゃんこ大戦争のツイートばっかになっちゃってますねー。

 最近嬉しかったことといえば、自分と比較的親しいツイッター仲間も絵描きだったということくらいでしょうか。
 絵描きは絵描きとしかつきあわないとよくいわれているけど、そうゆう人は友達が絵を描かなくなったら友達やめちゃうのかな。
 自分の場合は知らずに交流してた人が絵描きだったり、絵描きになったというケースがいくつかあるので、交流は幅広く交流するようにしてます。

 それでは今日もおやすみっこ(つ=^ω^=)つニャン

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祭りの後

祭りの後

 自分もかつてはギャラリーで絵画を描いていた。変なおっさんにとっつかまってしまい、美大卒でもないのにギャラリーで一生懸命売れない絵画を描いていた。
 売れるからという甘言にほだされて、全然興味のない絵画を8年描いていたが、個展を開いても絵は1枚も売れず、8年間で唯一売れた絵がデュシャンの便器を女体化した絵だけという惨憺たるのもだった。
 自分なりに一生懸命ブログで宣伝してきたものの、当然のことながら自分の友人知人に絵画を買えるような金持ちもいなかったので、泥舟のような大船で乗り出した個展は絵が一枚も売れず、最初で最期の個展は大爆死で終わった。
 作業所でも年に2回ほど絵の仕事をもらえるようになったので、ばかばかしくなってしまった自分は、個展の終了と同時に絵画を描くのをすっぱりやめてしまった。
 ギャラリーで8年間絵を描いてきて唯一売れた絵がデュシャンの肉便器だけだったので、ギャラリーで絵を描いていた8年間は完全に徒労というか時間の無駄だったわけである。

 個展の最終日に売れなかった絵を壁から外しながら思った。祭りはもう終わったんだな・・・。

 ギャラリーで個展をやっても一枚も絵が売れなかった自分は、手間はかかるのに売れない絵画を描くことにすっかり嫌気がさしてしまい、便器で物議を醸したデュシャンのように絵画からもギャラリーからも足抜けして、絵筆を折ってペンタブに持ち代えて、攻殻機動隊GISの草薙素子のようにインターネットの大海原に逃亡してしまった。

 ギャラリーで変なおっさんにとっつかまって絵画を描いていなければ、自分はブログもツイッターもやることもなく、ひとりで細々と同人誌を作っていたように思うが、その方が幸せだったように思う。
 個展の宣伝のためにブログを開設していなければ、自分は今でもアナログで絵を描いていたように思う。
 皮肉なことに個展の宣伝のために始めたブログが、結果的に絵画に見切りをつけるきっかけになってしまった。
 デジタルの利便性を知ってしまってからは、デジタルならワンタッチで色を塗れるのを、アナログだとちまちま塗らなければならないという過程に耐えられなくなってしまった。

 絵画は自分から若さも時間も創作意欲も何もかも根こそぎ奪っていった。

 後には過ぎ去った時間だけが残った。

 脱け殻のようになってしまった自分は、力石亡き後のジョーのように祭りが終わった後の空蝉の世界に生きている。



 ひと月遅れの誕生日プレゼントでしたが、タクミン先生がツイッターで紹介してくれました。
 ご紹介ありがとうございました。


 やはり自分の送った誕生日プレゼントをファンの先生に紹介してもらえるのは嬉しいものですね。
 幸せはこういった日常の何気ないやりとりのなかにあるのかも知れませんね。

 それでは今日もおやすみっこ(つ=^ω^=)つニャン

三毛猫バンバン(300)

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スタンドアローン・コンプレックス9

彼岸に立つ者(縮小)

 先月はツイッターで相互フォローしてたブログ仲間からブロックされるという、今夏最大のホラーな体験をした。
 過去に仲たがいした友達や仲たがいとまでは行かなくとも疎遠になった者もいたが、ちょっと前までなかよくしてた人から突然ブロックされるというのは、自分にとって今夏最大のホラーだった。
 前回の記事で散々愚痴ったので仔細は省くが、自分にも至らないところはあったと思うけど、些細な意見の相違でブロックされてしまうということは、些細な意見の相違で簡単に切り捨てられてしまうような無価値な人間と看做されたと判断せざるを得ない。

 自分にとって最大の屈辱は自分が無価値な人間と看做されることなので、今回の一件は自分にとって最大の屈辱である。

 仲たがいしたときに捨て台詞を吐いて去っていった者もいたが、突然ブロックされる方が自分にはダメージが大きい。
 過去に何度かメンヘラとトラブルになったこともあるが、やはり発達障害者とメンヘラの相性は最悪だと思う。

 今回の一件ではやはり生きた人間が一番怖いということを改めて再認識させられた。

 生きた人間は突然自分を傷つけることも裏切ることもあるが、自分を傷つけたり裏切ったりした人間はいっそ死んでくれないものかと思う。

 死んだ人間なら自分を傷つけることも裏切ることもない。

 やはり自分が信用できる人間は死んだ人間しかいないのだろうか。このようなことがあるといつも思ってしまう。

 やっぱり自分はいつもひとりだ。

 社会から不要な存在と看做され切り捨てられた発達障害者は常に孤独である。
 心身に障害を抱え社会からも切り捨てられた創作者は常に彼岸に立つ者である。
 先月は突然ブロックされてから毎日がお通夜状態だったが、自分のなかでは縁が切れたものは彼岸のどこかにある墓場に入っている。
 今日も自分は死体を養分にして咲く花のように、墓場の下に眠る友達を養分にして絵を描いている。

彼岸に立つ者2(縮小)

 今月はお彼岸なので、墓場にいる新城のイラストを投稿しました。今回投稿したイラストは以前描いた絵のコラージュなので、完全な新作ではありません。
 今回投稿したイラストは自分がツイッターで相互フォローしてたブログ仲間から突然ブロックされたときの心情を、新城に代弁してもらいました。

 恵子は真夜中が舞台の話が多いけど、新城は意外と夕暮れ時のイラストが多いですね。
 逢魔が時というように、真夜中よりも空が血の色に染まる夕暮れの方が禍々しい感じがあります。
 下のイラストは色違いの差分ですが、どちらの方がいいかコメントもらえると嬉しいです。

 自分のイラストのモチーフに使う蝶は普段は青い蝶なんですけど、今回は黒い蝶というのは自分の心情を反映してますね。
 青い蝶は善人の魂ですが、黒い蝶は罪人じゃないけど、騙したり裏切るなど疾しい心を持ったものの魂でしょうか。
 黒い蝶は墓に入ることも成仏することもなく、彼岸のどこかにある墓場を彷徨っているのでしょう。

 死神クロトの使徒の新城は常に死と隣り合わせの場所で生きてます。
 
 死神の使いの新城が差し出す手が死への誘いか救いの手なのかはまさに神のみぞ知るです。

 今年は女が夜の墓場に迷い込む話を描いたので、来年は男が夜の墓場に迷い込む話も描いてみたいですね。



 前回の記事ではたくさんの拍手ありがとうございました。おかげでブログやめずに済みそうです(´;ω;`)
 前回の記事では実験的に※欄閉じて拍手がどれだけ増えるか見てみましたが、やはり※欄閉じた方が若干拍手が増えるみたいですね。

 ツイッターでつぶやくと、ブログのネタが無くなるという人もいますが、自分は逆にツイッターであったことをネタにしちゃってますねー。
 ツイッターはつぶやきの墓場であると同時にネタの宝庫ですよ。自分にとっては。
 最近書いたSACシリーズはふたつともツイッターのトラブルをネタにしてます。
 文章タイプの人はツイッター、イラストタイプの人はインスタグラムをやってる人が多いように思います。

 今週はお彼岸なので、外には彼岸花が咲いてますね。 
 先日、ツクツクボウシの鳴き声が聴こえたけど、彼岸明けにはあのセミもいなくなっちゃうんだろうな。

 それでは今日もおやすみっこ(つ=^ω^=)つニャン

三毛猫バンバン(300)

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ASDponch

Author:ASDponch
地上最強の芸術の場外乱闘者を目指し日々孤軍奮闘する自閉症スペクトラム障害(ASD)ponchの自堕落な日常と、社会からはみ出したアウトサイダーの駄話を書いています。
最近はすみっこぐらしにもハマってます。すみっこ仲間絶賛募集中ッッ\(^o^)/

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