今月のまとめ及び反省

 前回拍手コメントをくださったmarronさん、いつもありがとうございます(^-^)
 でしょでしょサンダールに思いっきり跳び蹴りかましたくなったでしょ?



 今月もやってきました。月末恒例のまとめと反省。

 今月の反省内容はいつもとはちがう。何でって、今月は珍しく真面目に創作活動やってたのに、何でブログランキングがガタ落ちするんだよッッ
 酷いときなんか週間PV数がふたけたにまで落ち込んで、最大の半分以下になってるし。


 一応ブログのジャンルは創作日記なんだけど、真面目に創作活動するとPV数がガタ落ちする創作ブログって何なんだよッッ(*`Д´)ノ!!!
 他にこんなアホブログ見たことねーしッッ

 要するに自分のブログは、真面目な創作活動より、芋喰って屁ぇこいて鼻ほじりながら寝転がって書いたような駄文の方がウケるってことかあ?
 あっこの文章も寝転がってスマホで書いてまーす\(^o^)/

 一番反省すべき点は何といっても、今月下旬は春画展ショックの痛手から立ち直れず記事の内容が迷走して、大人のカルピスだか何だかわけのわからない意味不明のアホブログになってしまったことだろう。いや意味不明のアホブログなのは毎度のことか。

 そーいえば自分と同月に始めた猫ブログは週間PV数が最大3000もあるのに、自分のブログは人気ブログランキング全部のジャンル合計しても最大500あるかないかだし、どこでこんなに差がついちゃったんだろう(;つД`)

 何だかバカバカしくなってきたから、来月は創作活動サボっちゃおうかな~\(^o^)/

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NEO春画展EX・エロスとタナトスの国生みの神話

 前回拍手コメントをくださったmarronさん、いつもありがとうございます(^-^)
 たしかに日本人男性はロリコンが多いようですが、自分を大きく見せるより、小さくても大人の女性に物怖じしない方が、女性からの信頼をいちばん得やすいと思いますよ(^-^)

 今回は今月の1日から13日まで開催していたNEO春画展の、会期中には紹介しきれなかった作品及びレセプションを紹介します。

 14で初潮を迎え女になったばかりのセラフィーナを、舐めるように凝視するサンダール。
 少女の純潔も男の劣情の前では、成す術もなく餌食にされる運命なのでしょうか。


 珍しくドレスを着たセラフィーナ。サンダールの手で身体を開かれた後の姿と思われます。
 顔立ちに幼さは残るものの、身体には既に後の大人の女の豊満さが見えます。


 上の2枚のポストカードはめでたくお嫁入りしたポストカードです。お買い上げ頂いた方、本当にありがとうございました(^-^)

陰部神社の神棚。


ネキが陰部神社でありがたいご神託をもらったンゴwww


 陰部神社にお詣りすると、ありがたいお札がもらえます。


 搬出レセプション、春画日本昔話の後日談。
 イザナギは黄泉の国へ旅立ったイザナミを連れ戻そうと黄泉の国へ向かうが、イザナミの変わり果てた姿を見てしまったイザナギはイザナミと黄泉醜女に追いかけられながらも命からがら黄泉の国から脱出します。
 エロスとタナトス、生きた男と死んだ女の愛憎渦巻く春画日本昔話でした。



 元を糺せば、夏のグループ展であまりにも人が来なかったので、呆れた自分がイヤミで「春画展でもやらないと客来ないんじゃね?」といったのがきっかけで、開催の運びとなってしまいましたが、ギャラリーではいつの間にか自分が企画の発案者になっているようですΣ(-∀-;)
 ついでに永青文庫で春画展が開催されたのも、自分がこのひとことを口にした後です。自分には予知能力でもあるのか?
 会期中は自分以外の方の絵画が何点か売れたようなので、来年もまたやりそうな悪寒がしますが、そのときはまたよろしくお願いします(^-^;)

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エロスとタナトス

 前回拍手コメントをくださったmarronさん、いつもありがとうございます(^-^)
 巴御前に関しては、かわぐちかいじの力強い巴御前に軍配が上がるかもしれませんね。甲冑を身にまとう凛々しい女には、鋼のような美しさがありますね。



 男らしさがエロスの支配から離れることだとすれば、エロスから離れれば離れるほど死に近づいていくのもわかる。
 そう考えると、男らしさとは死と隣り合わせの儚く壊れやすいものだということがわかる。
 底無し沼のようなエロスを基盤とする女らしさと比べると、死と隣り合わせの男らしさの土壌は岩に生えるイワヒバのように薄っぺらなものである。



 女らしさがエロスに基づいているとしたら、男らしさはタナトスに基づいているように思えるが、日本人は男らしさとも女らしさとも縁遠い中性的な民族だと思う。
 だから女は中性的な男を好むし、男は子供っぽい女を好む。男女共に大人の異性を恐れているのである。
 日本人が幼稚で日本がロリコン大国といわれる所以である。



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かわぐちかいじと巴御前

 前回拍手コメントをくださった冷凍SANMAさん、marronさん、いつもありがとうございます(^-^)
 冷凍SANMAさんの近所にもヒグマが出没することはあるんでしょうかね。
marronさんへ
 やはり戦時下を子供を抱えて生き抜いた大和撫子は強いですよねp(^-^)q

※今回の記事は昨年の8/20に公開した記事の再録です。
 2日連続で再録記事になってしまい申し訳ないですが、記事の構成上、連続公開しないと成り立たない内容になってしまってますので、今しばらくおつきあいの程をお願いします。


 巴御前と木曾義仲は、手塚治虫の『火の鳥乱世編』とかわぐちかいじの『ジパング深蒼海流』にも登場するが、手塚治虫の描いた木曾義仲が

いかついおっさんなのに対して、かわぐちかいじの描いた木曾義仲は

かわぐちかいじの方が絵はゴツいのに、明らかにかわぐちかいじの義仲の方が男前である。ここまで顔がちがうともはや同一人物には見えない。

 一方手塚治虫の描いた巴御前は

普通に女らしい清楚な美人だが、かわぐちかいじの描いた巴御前は

美人というより男前である。手塚治虫の巴御前よりずっと強そうに見える。

 戦闘場面だが手塚治虫の描いた巴御前が

バットのように両手で薙刀を持ちバッターのように全身をフルスイングして、薙刀を振り払っているのにいるのに対して、かわぐちかいじの描いた巴御前は

薙刀を片手で振り払っており、あまつさえ次の場面では、

薙刀を片手で振り回している。女も惚れる男前である。
 手塚巴御前は全身をフルスイングして薙刀を振り払っているせいか体軸が不安定に見えるが、かわぐち巴御前は片手で薙刀を振り払っているせいか重心がどっしり安定している。
 手塚巴御前が武道を嗜んでる良家の子女というイメージに対して、かわぐち巴御前は武道の達人である。

 手塚治虫の巴御前は、か弱い女が全力で薙刀を振り払っているのに対して、かわぐちかいじの巴御前は、余裕綽々で薙刀を振り回しているように見える。

 手塚巴御前は健気に男の後につき従う見た目もか弱い女に見えるが、男を守るためなら武蔵坊弁慶と刃を交えることも辞さないかわぐち巴御前は、男の背後にそびえ立つ鬼神のように見える。
 手塚巴御前はどことなくはかなげでか弱い女に見えるが、かわぐち巴御前は体格がいいせいか、手塚巴御前よりもどっしりした安定感がある。

 月岡芳年の浮世絵の巴御前は豪傑な女武者として描かれているが、巴御前はやはり鬼神のような女として描かれてきたことがわかる。
 最後の浮世絵師といわれた月岡芳年の絵は、比較的現代の劇画に通ずるものを感じるが、そういう意味ではかわぐち巴御前は、比較的浮世絵に描かれた巴御前に近いことがわかる。


 手塚治虫の描く女は野球部のマネージャーのようで、かわぐちかいじの描く女は野球部の捕手のようである。
 手塚治虫の描く女が全力投球で疲労困憊の投手を労うマネージャーを思わせるのに対して、かわぐちかいじの描く女は、投手の全力投球を力強く受けとめる捕手のようである。
 手塚治虫の描く女は戦う女にも、野に咲く花のようなか弱さを感じるが、かわぐちかいじの描く女は、売春宿に身を沈められても這い上がってくる、雑草のようなたくましさを感じる。
 手塚治虫は女に癒しを求めているのに対して、かわぐちかいじは強さを求めているように見える。

 かわぐちかいじの描く女が可愛くないというのはファンの間でも有名な話だが、せめて艦娘のやまとたんやみらいたんやいぶきたんくらい可愛い女が描けたら、進撃の巨人並に売れてたんじゃないかと思うと、残念でならない。
 男はまあまあ格好いいのに、女も男前になってしまうせいか、かわぐちかいじの描く女は歌舞伎の女形のように見える。
 アゴがガッチリしていて、体格も頑丈そうな骨太体型で肩幅が広く、思春期の少年のように小尻で、身体に厚みがあって、貧乳なのに胸板が厚く、全体的に筋肉がしっかりついてるせいか細身の男に見える。
 かわぐちかいじはデブを描いても、力士のようなガッチリ筋肉質のデブになってしまうが、かわぐちかいじは弛んだ身体というかぜい肉を描くのが苦手なのだろうか。
 かわぐちかいじの描く女に、エロマンガのように豊満で弛んだ身体の女はまず出てこない。
 本人は一生懸命大和撫子を描いてるつもりでも、頑丈そうな骨太体型だからか弱さは感じない。
 抱き心地のしっかりした、多少手荒に扱ってもちょっとやそっとじゃ壊れなさそうな頑丈そうな女だから、男も安心して背中を預けられそうである。
 明らかに昨今の、女が幼女みたいに小さくて可愛い萌えマンガとは対極である。

 逆にBLマンガ家は筋肉が描けない人が多いが、ベルばらのオスカルとか、かわぐちかいじの描く女の方が、BLの受けの男よりよほど男らしいと思う。

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大和撫子とは

 前回拍手コメントをくださったmarronさん、いつもありがとうございます(^-^)
 男性は単純にムキムキマッチョへの憧れがある一方で、ムキムキマッチョが苦手という女性もいるわけですが、世のなかムキムキマッチョしかいないわけではないのだし、いろいろな意見があっていいんでないかなと思いますッッ\(^o^)/

※今回の記事は昨年の8/19日に公開した記事の再録です。

 日本のオタクはとにかく古風な大和撫子が好きだが、ひとえに男に従順で自分の思い通りにできそうという思い込みがあるからだろう。

 だが古風な大和撫子とやらが、おとなしくキモオタの思い通りになるようなおとなしい女だろうか。

 自分にはとてもそうは思えない。

 何故なら明治生まれの祖母はとにかく気の強い女だったからである。甲斐性無しだった祖父は祖母にケツひっぱたかれてた印象しか残っていない。
 男を掌で転がすなどと生易しいものではなく、駄馬に拍車をかけて鞭でひっぱたいて強引に走らせていたようなものである。
 大和撫子といえば自分のなかでは、戦争の荒波をたくましく生き抜いてきた女という印象しかない。

 日本人が戦争に負けて戦うことを忘れた時点で、日本からはサムライがいなくなったが、サムライがいなくなると同時に大和撫子もいなくなったように思える。
 少なくとも大和撫子が好きな醜悪なキモオタがサムライとは到底思えないし、キモオタが所望する大和撫子とやらがいたとしても、大和撫子がキモオタを所望してるとは到底思えない。

 果たして平成生まれの戦争を知らないキモオタが、戦争の荒波をくぐり抜けてきた、たくましい大和撫子に太刀打ちできるだろうか。
 ウチの明治生まれのじいちゃんみたいに、ケツひっぱかれるのが関の山だと思う。

想像図

 明治生まれのじいちゃんも、戦後樺太から引き揚げてきた世代だが、甲斐性なしで、ばあちゃんにはまったく頭が上がらなかった。

 自分の印象では大和撫子といえば『女王の教室』の女教師阿久津マヤとか、木曾義仲の愛妾だった巴御前である。巴御前といえば甲冑を身にまとい薙刀を振り回す勇猛果敢な女武者である。
 果たして平成生まれの、スマホより重いものを持ったことがないようなキモオタが、鞭や薙刀を振り回す勇猛果敢な女に太刀打ちできるだろうか。

 キモオタがチャラチャラした女より、清楚な大和撫子がいいというのは、チワワとかポメラニアンみたいにキャンキャンうるさい西洋犬より、秋田犬とか紀州犬が飼いたいとかいってるようなものである。
 たしかにチワワとかポメラニアンはキャンキャンうるさいが、秋田犬や紀州犬はまともな躾ができなければ飼い主も噛み殺す獰猛な犬である。

 誇り高い大和撫子の本質は、ヌルいオタク如きには到底飼い慣らせない誇り高い紀州犬である。

 西村寿行曰く紀州犬はシェパードも瞬殺する獰猛な犬である。

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鬼の顔・・・( ; ゜Д゜)

 前回拍手コメントをくださったmarronさんいつもありがとうございます(^-^)
 自分以外にもかわぐちかいじのジパング読んでた人がいて嬉しいです(^o^)

 今回で5回目を数える男祭りも(イリスはオス猫)今回で最終回になります。皆さんこれまでおつきあい頂き、本当にありがとうございました\(^o^)/
 明日からは女祭りをはじめる予定です。










 まさに天然の芸術品、鬼の顔。ただ日本人ビルダーの鬼の顔は外人ビルダーと比べると、いささか見映えがしないという感が否めないですね。
 いつも女が男に突きつけられる肉体の限界を、今度は日本人が外人に突きつけられてるというか。

 日本人男性がどんなに努力しても刃牙とか外人ビルダー以上にムキムキマッチョになれない以上は、筋肉よりも精神を鍛えた方がいいように思えます。
 精神を鍛える手段として、身体を鍛えるというならアリだと思いますけどね。

 男らしさって女に立ててもらうものでもなければ、承認してもらうものでもないと思うんですよね。
 実際シュワちゃんとかロニコーとかイヤでも男らしい男が女みたいに愛嬌たっぷりでも、ふたりを女々しいと感じる人はまずいないと思いますッッ(`・ω・´)

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男のなかの男3

 前回拍手コメントをくださったmarronさんいつもありがとうございます(^-^)
 自分も実家に帰ると、いつもウチのコなでなでしてます(*´∀`)

 男のなかの男シリーズ最終回は自分が個人的に好きなかわぐちかいじの海自三部作を取り上げたいと思う。

 海自三部作一作目の『沈黙の艦隊』は登場人物が全員男という、萌えアニメ全盛時代の昨今では考えられないほど男くさい話である。『沈黙の艦隊』のもうひとりの主人公でもある深町は容姿からしてむちゃくちゃ男くさい、まさに男のなかの男である。片や主人公の海江田は深町とは対照的につるんとした容姿だが、容姿とは裏腹に海江田は見た目にはそぐわず作中では最も男のなかの男として描かれている。
 何故そのように思ったかというと、海江田には従来の男らしさに対する執着がまったく感じられないのである。性別をも超越した鋼鉄のメンタリティは逆説的に男のなかの男を感じさせる。
 海江田四郎という名前は四方の海を股にかける男である。


 この性別をも超越した鋼鉄のメンタリティはその後の作品にも受け継がれていくことになる。


 『ジパング』は21世紀のイージス艦がミッドウェー海戦下にタイムスリップする話で、海自版戦国自衛隊ともいわれてるが、ミッドウェー海戦は戦国時代ではなく昭和である。
 『ジパング』の主人公角松もまた深町同様男くさい男だが、若干絵柄が変わったせいか深町と比べると、角が取れて丸みのある容姿となっている。名前は門松なのに。
 一方のもうひとりの主人公ともいえる、海軍の若き将校草加はやはり海江田と似た容姿の男だが、明治の男というだけあって、気骨ある男のなかの男として描かれている。ただしここで重要なのは明治生まれの男であるにも関わらず作中では「性別をも超越した鋼鉄のメンタリティを持った」男として描かれていることである。
 明治といえばとかく男とはかくあるべしとか、女とはかくあるべしとか、性別にがんじがらめにされていた時代である。そんな時代に「性別をも超越した鋼鉄のメンタリティを持った」男のメンタリティを獲得しているとは、完全に超人である。
 草加拓海という名前も日下、つまり日の下の国日本の海を拓く男である。


 ジパングは終盤がグダグダだったせいか、連載終了後はファンの話題に上ることもなく、完全に埋もれた大作になると思われたが、近年の艦これブームで人気再燃したのか、最近はコンビニでもペーパーバックを見かけるようになった。
 腐女子と萌え豚の両方に人気が出た作品など滅多にないだろう。まさに艦これさまさまである。それにしてもかわぐちかいじって何故か妙に運がいいよな。


 現在連載中の『空母いぶき』の主人公秋津は、ルックスが深町で中身が海江田のハイブリッドである。だから海江田と草加に相当するキャラクターは出てこない。
 代わりに登場するのは新波というキャラクターである。新波は海自三部作の登場人物のなかでは最も等身大のキャラクターだが、秋津の超越性を際立たせるために敢えて等身大のキャラクターに仕立てあげられたように思える。いわば主人公補正の逆補正がかかったようなキャラクターである。新波に主人公補正がかかれば『太陽の黙示録』の柳弦一郎になる。
 秋津竜太は一見ありふれた名前だが、日本神話では日本を秋津島と称している。秋津島の竜ということは日本の竜ということである。まさに男のなかの男ではないだろうか。 


 かわぐちかいじの海自三部作を見ていると、時代が下るほど主人公が若々しくなっているのがわかる。
 沈黙の艦隊の海江田と深町はハッキリいっておっさんだが、空母いぶきの秋津はせいぜい30前後の若者である。
 海江田、草加のふたりは老獪なイメージがあったが、秋津は無垢な少年のような眼差しの青年として描かれている。
 昔はゴツい主人公ばかり描いてたのに、最近のかわぐちかいじのマンガの主人公はいずれも無垢な少年のような眼差しの青年ばかりだが、かわぐちかいじは歳を取ってから、少年趣味にでも目覚めたのだろうか。

 かわぐちかいじのマンガはかれこれ20年ほど見ているが、男はまあカッコいいと思うけど、女が壊滅的に可愛くない。女が可愛くないマンガ家の筆頭には必ず挙がってるくらいだ。
 最近は女より男の方が可愛いくらいだし、最近はおっさんを描いても目が可愛いのはいいんだけど、相変わらず女が可愛くない。最近は徳子より義経の方が可愛いくらいである。
 せめて艦娘のやまとたんや、みらいたんや、いぶきたんくらい可愛く描いてください(´;ω;`)

追記
そういえば、2月22日は竹島の日だった・・・(;゜∀゜)
 

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ニャンニャンの日増刊号・にゃんにゃんごろごろ

 前回拍手コメントをくださったmarronさんいつもありがとうございます。自分も人生の終わりは「我が人生に一片の悔いなし」といって往生したいものですね。

 今日はニャンニャンの日なので、ウチのコの画像をお送りします(^-^)
ゴロゴロゴロゴロ




ニャンニャンゴロゴロ




付記
 セシルさん、拍手コメントありがとうございました\(^o^)/
 ウチの猫の名前はイリスといいます。女の子みたいな名前ですが男の子です。今後ともウチのイリスともどもよろしくお願いします\(^o^)/

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男のなかの男2

 前回拍手コメントをくださったmarronさんいつもありがとうございます(^-^)
 たしかに現代日本に、己の命を賭しても自分の誇りを守る侍魂を持った、男のなかの男がどれほどいるのか気になるところではありますね。



 何だかいつの間にか半分自分の好きなマンガの紹介になってる気もしますが、今回は前回の『男のなかの男』では紹介しきれなかった男を紹介していきたいと思います。

 ワイルド7の飛葉大陸は男のなかの男だと思う。自ら望んだわけではないものの世俗と縁を断ち、ひたすら悪人を退治していくストイックな生きざまは男のなかの男だと思う。
 そういえばワイルド7でも初期のメンバーは飛葉以外は全員殉職しているが、やはり男のなかの男とは死と隣り合わせなのかもしれない。
 昔は週刊連載していたワイルド7だが、続編のワイルド7Rは下巻を出すのに3年もかかったらしい。週刊連載だと妥協して適当に描いてしまうところも、書き下ろしだととことんこだわってしまうからだろうか。

 単行本どころか雑誌連載すら叶わないwebマンガ家には単行本の書き下ろしなど雲の上の話にしか思えないだろうが、書き下ろしの単行本で何度も〆切を伸ばしてもらってもちゃんと単行本を出してもらえるというのは、売れた実績があるからだと思う。
 デジタル全盛の21世紀にトーンを殆ど使わずびっちり描き込まれた重厚な画面はずっしりとした重量感を感じる。

 ゴルゴ13のゴルゴも男のなかの男だと思う。彼は依頼を受けたターゲットをひたすら狙撃していくが、スナイパーのストイックな生き方は猟師と共通するものがある。
 ゴルゴ13は1968年に連載開始してから一度も休載してないと聞くが、入院先でも点滴を引きずって原稿を描いていたという、作者のさいとうたかをのストイックな生き方も男のなかの男を思わせる。



 ケンシロウの「お前はもう死んでいる」の台詞で有名な北斗の拳は、萌えアニメ全盛時代の現代では考えられないほど、男のなかの男がバーゲンセールみたいなマンガだったと思う。
 北斗の拳は男の美学を突き詰めていくとギャグになってしまうのを具現化した傑作だと思う。


 そしてもうひとり絶対に忘れてはいけないのが、ブラックエンジェルズの松田だろう。名前そのものからして松田優作がモデルの彼の生きざまは天衣無縫、豪放剛胆、まさに男のなかの男である。
 常に悩み憂える雪藤とは対照的に、常に己の拳ひとつで敵をかっ飛ばし(竜巻をかっ飛ばしていたことも)自分の人生を切り開いていく彼の生きざまは、有り得ないッッと思いつつも思わず圧倒されてしまう。
 頭を撃ち抜かれて死んだ筈なのに、雪藤の前にヒョッコリ姿を現したときは当然のことながら驚かれたが、彼はたったひとことで済ませている。

 それって細かいのかッッじゃあお前にとって細かくないことって何なんだよッッ!!
 そーいやこいつ、ジェット機に激突されたときも、ミサイルごと海に墜落したときもピンピンしてたっけなあΣ(-∀-;)

追記
そういえば今日ニャンニャンの日だった・・・(;゜∀゜)

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男のなかの男

 前回拍手コメントをくださったmarronさん、冷凍SANMAさん、いつも応援ポチありがとうございます(^-^)v



 自分の考える男のなかの男といえば、シートン動物記の『峰の王者クラッグ』でビッグホーンのクラッグと壮絶な闘いを演じた猟師スコッティである。
 スコッティはクラッグを仕留め男の闘いに勝利すると同時に、人生の目標を失い最期は自然の猛威に敗れて死んでいった男である。
 そういう意味では強いが弱い男だった。しかし最期まで自分の弱さと向き合う強さを持っていたと思う。



 スコッティの人生は、クラッグを仕留めた時点で自らの魂も燃やし尽くして脱け殻になってしまったような、あしたのジョーを彷彿とさせるような壮絶な人生だった。
 どちらかといえばスコッティはジョーとの対戦後に髪が真っ白になったホセ・メンドーサを思わせるが、クラッグを仕留めた時点でスコッティは老人といえる年齢だったので、クラッグを仕留めた後は髪が真っ白になっていたと思う。



 2ちゃんで女叩きしてる男に、ここまで壮絶な人生を歩んだ男がいただろうか。猟師スコッティは誰もが認める男のなかの男だと思う。
 ビッグホーンはワシントン条約があるので現在では狩猟できないが、男が女から男のなかの男だと認めてもらいたければ、マタギ列伝の三四郎みたいに北海道の人食いヒグマと一騎打ちすればいい。
 ヒグマといえば隣の家のおばさんが顔面を横殴りにされて顔半分無くなるほどの猛獣だが、三四郎並の男前でなくとも、そんな猛獣を仕留めれば誰もが男のなかの男と認める筈である。

 猟師と漁師はとかく男臭い職業だが、猟師か漁師にでもなれば、女とはいわず誰からも男のなかの男と認められる筈である。



 ただスコッティを見ていると、男のなかの男は常に死と隣り合わせだと思う。男らしさに近づけば近づくほど死に近づいていく危うさを孕んでいると思う。
 あしたのジョーでは男のなかの男ともいえる力石はジョーと対戦するため、想像を絶する減量を敢行するが、ジョーとの対戦に勝利した試合後に死亡している。

 近年は薄甘い萌えアニメばかりで、このような男のなかの男が出てくる作品を見なくなってしまったのが、淋しい限りである。



 男らしさの究極ともいえる行為が切腹だと思うが、五右衛門も「武士道とは死ぬことと見つけたり」と日頃からいってるくらいである。
 ジャック・ハンマーも「今日勝てれば明日はいらない」と日頃からいってるくらいである。
 男らしさが死を怖れず、生への執着を断ち切ることだとすれば、男らしさが死に近づいていくものだというのもわかるような気がする。



 刃牙の格闘家だって女には目もくれず常に最強を目指して闘っているではないか。男のなかの男とは本来そうあるべきものではないか。刃牙みたいに強くなれば、女とはいわず誰もが男のなかの男と認めると思う。それだけ強くなれれば女のことなんかどうでもよくなるだろう。

 さあ男だったら女なんぞには目もくれないで、世俗と縁を断ち、ジャック・ハンマーのように一日30時間身体を鍛えて地上最強を目指そうッッ

   

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ASDponch

Author:ASDponch
地上最強の芸術の場外乱闘者を目指し日々孤軍奮闘する自閉症スペクトラム障害(ASD)ponchの自堕落な日常と、社会からはみ出したアウトサイダーの駄話を書いています。

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